吉林省檔案館が日本軍作成の書類を発表、「慰安婦」強制連行の証拠も

2014/04/2710:42

吉林省檔案館(公文書館)はこのたび、新たに整理、発見した日本軍の中国侵略に関する書類資料を発表した。それらには関東憲兵隊司令部の書類87点、旧満州国中央銀行の書類2点が含まれる。書類は8つに分類され、それらは南京大虐殺、「慰安婦」強制連行、731部隊「特別移送」、過酷な強制労働、日本軍の暴行、中国東北部での移民政策、東北抗日義勇軍の鎮圧、英米軍捕虜に対する尋問や虐待だ。写真は吉林省檔案館に所蔵されている日本軍の中国侵略資料。(撮影 張瑶)

【中新網長春4月25日】(記者 賀宝慶、李彦国)

吉林省檔案館がこのたび発表した日本軍の中国侵略に関する新発見資料によると、旧満州国中央銀行はかつて「慰安婦」買付に資金を提供していた。専門家は、これは慰安婦制度が日本の国家行為であって、日本の右翼が主張するような「民間行為」でないこと示していると指摘する。

第ニ次世界大戦中に、日本軍が実施した「慰安婦」制度はアジアや欧米などの国と地域で計り知れない数の女性を蹂躙し、極めて大きな侮辱と痛みを与えている。

吉林省檔案館研究館員の王放によると、今回の発表には日本軍の「慰安婦」強制連行に関する書類25点が含まれ、同館が所蔵する関東憲兵隊と旧満州国中央銀行の資料の中から発見されたものだ。そのうち、2点は「南京憲兵隊の管轄区域の治安回復状況の調査報告(通牒)」、2点は旧満州国中央銀行の電話記録、21点は各地の憲兵隊の報告に記載された日本軍の「慰安婦」に対する強制連行、蹂躙、使役に関する「通信検閲月報」、「軍人犯罪調査書」などだ。

日本軍華中派遣憲兵隊の「南京憲兵隊管轄区域の治安回復状況の調査報告(通牒)」では、1938年2月19日に13項について報告している。そのうち第11項には、1938年2月1日から10日に南京及び周辺部の軍隊慰安施設の状況が記載されている。それらには南京、下関、句容、鎮江、金壇、常州、丹陽、蕪湖、寧国などでの日本軍の駐留数、「慰安婦」の人数、「慰安婦」1人が対応した兵士数、「慰安婦」の構成、10日間で慰安所を利用した兵士数などの状況が含まれる。また資料には、日本軍が兵士数に対して「慰安婦」を手配する割合が記載されている。例えば下関では、当時の下関駐留日本軍1200人に対し「慰安婦」は6人で、「慰安婦」と兵士数の割合は1:200。2月20日には11人の「慰安婦」が追加され、割合は1:71になった。

同様に、1938年2月28日の日本軍華中派遣憲兵隊の「南京憲兵隊管轄区域の治安回復状況の調査報告(通牒)」では、表形式で1938年2月11日から20日までの南京と周辺部での軍隊慰安施設状況を記載している。表中の項目は2月19日の報告とほぼ同じだ。表から分かるように、蕪湖の「慰安婦」数は10日間で84人増加した。109人の「慰安婦」のうち中国人は25人、朝鮮人は36人で、蕪湖の「慰安婦」全体の半分近くを占める。鎮江で2月中旬に日本軍兵士が慰安所を利用した人数は8929人で、上旬の5734人よりも3195人増加した。

旧満州国中央銀行の資金部外資課の「慰安婦」買付資金に関する電話記録によると、旧満州国中央銀行鞍山支店の代理支店長は電話を受けて資金の振替処理をしている。書類の中ではその関係資金が「慰安婦買付資金」と明記され、1944年11月から1945年3月までに4回の「慰安婦」買付に用いた資金は53万2000円と記載されている。

王放によると、旧満州国中央銀行は日本軍支配下の旧満州国で侵略と略奪を行う際の手段だった。旧満州国中央銀行で「慰安婦」買付資金の振替があり、さらに関東軍第四課がその処理を証明していることは、日本軍が実施した「慰安婦」制度が日本の国家行為であったことを示している。

また、日本軍の中国駐屯憲兵隊の「通信検閲月報(ニ月)」の中で、開封駐留の原田部隊の兵士、北堀考治が1941年に埼玉県比企郡宮前村大字初尾の小林菊野に宛てた手紙の抜粋では、若い日本軍兵士が童貞を守ることを望んだが、部隊の中で自暴自棄になり、軍隊の駐屯地にある慰安所に行って朝鮮人「慰安婦」と関係を持った結果、性病を患ったというゆがんだ生活状態と心理状態が示されている。その手紙は切り取り処理され、「慰安婦」に関する部分が取り除かれた。

同様に、北安地方検閲部の「郵検月報」では、1941年、黒河駐留の日本軍兵士、武田武二郎が秋田市大町四の村上英子雄に宛てた手紙の抜粋では、黒河陸軍官舎の一角に設けられた慰安所の状況が書かれている。記録によると、軍隊慰安所は兵士の気晴らしの場所で、20人の「慰安婦」は全て朝鮮人であり、「国家総動員法」の拘束を受けてそこに来ていた。

王放によると、当時の朝鮮は日本の植民地であり、日本軍は「国家総動員法」を運用して朝鮮人女性を強制連行し「慰安婦」にした。資料の中の「国家総動員法」の文字は日本軍の「慰安婦」強制連行の有力な証拠になる。

1944年3月5日、日本軍のジャワ憲兵隊が作成した『憲兵月報(一月)』では、一五七六部隊本部の陸軍1等兵補が1月5日に無断で外出して軍隊慰安所に行ったことで、口頭教育処分を受けたと記載している。この資料は1944年に日本軍はインドネシアのジャワに軍隊慰安所を設けたことを示している。

このほか、1944年1月に作成された「憲兵調査軍人犯罪状況表」によると、東寧ニ八部隊(城子溝四○ニ部隊)の兵士、稲垣秋男らが壁を乗り越えて軍隊慰安所に行き、処分を受けた。王放は、この記録は東寧に軍隊慰安所があったことを示していると話す。稲垣秋男らの行為は憲兵隊によって処分が報告され、「憲兵調査軍人犯罪状況表」に記入された。これは兵士が軍隊慰安所に行くことを許されなかったからではなく、彼らが部隊規律に違反したからだった。

王放によれば、今回発表した資料の中で、日本軍が軍用資金を「慰安婦」買付資金に用いた資料、日本軍の「慰安婦」強制連行に関する資料、朝鮮人「慰安婦」に関する資料、日本軍の「慰安婦」制度の普遍性の証拠なども発見されている。これらの資料は「慰安婦」問題研究の史料的空白を埋め、「慰安婦」問題に新たな証拠を提供している。

「1937年に日本軍が全面的な中国侵略を始めてから、日本軍が実施した『慰安婦』制度が推進され、広範囲に慰安所が設けられた。25点の資料の記載によれば、20数カ所に軍隊慰安所があった。これらの資料は中国を侵略した日本軍が自ら作成した書類であり、その真実性に疑いはなく、日本軍の『慰安婦』強制連行の動かぬ証拠だ」と王放は語った。(文中敬称略)

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